自然の「絶対枠」に理科の力で立ち向かう

※この記事では、自然に挑戦するために持つべき「理科の力」について考えます。

美術の枠は「人間が作ったもの」。では、理科の枠は

前回の記事では、私の少年時代の後悔から、「ただキーワードを暗記する図鑑の中の理科(探究の省略)」を終わりにして、算数の難問を解くような「主体的な四苦八苦」こそが理科の真髄である、とお話ししました。
では、理科におけるその「四苦八苦」の舞台装置となる「枠(制限)」とは、一体何なのでしょうか。
美術編のこの第2回では、ラグジュアリーブランドのクリエイターたちが、完全な自由ではなく、「ブランドコード」という魅力的な不自由(枠)があるときにこそ、最高のクリエイティビティを発揮するエピソードをご紹介しました。
美術における枠は、歴史や、先人のデザイナー、あるいは当時の力強い「パトロン(支援者)」の影響力といった「人間が作ったもの(合意形成されたもの)」でした。しかし、理科(サイエンス)の世界は、ここが決定的に違います。
理科における枠とは、私たち人間が作ったものではありません。「自然界そのものが定めた、絶対的なルール(法則)」なのです。

重力、光、地震。人間は自然のルールに支配されている

「リンゴは必ず地面に落ちる(重力)」。
「光は真っ直ぐに進む」。
「地震は突然やってくる」。
これらは、私たちが「こういうルールにしよう」と話し合って決めたものではありません。人間が生まれるずっと前から、この世界に厳然と存在している、逃れることのできない「不自由な枠」です。
私たち人間は、この自然の法則に、支配されている存在です。
この絶対的な制限(枠)を前にしたとき、人間が取れる態度は2つしかありません。
1つは、その不自由をただ受け入れて、何も考えずに生活すること。そしてもう1つは、「どうして、こんなルールになっているんだ!?」と、その不自由さの正体(枠の境界線)を解き明かそうとし、その上で、その法則に人間の知性(問い)で立ち向かおうとすることです。

天気予報の進化と、地震予報の挑戦

ここで、具体的な例を挙げてみましょう。
例えば、天気予報。
かつて「明日の天気」は神のみぞ知る不可解な自然の枠でした。しかし、人間は「どうして、雨が降るんだ?」という問いを立て、気象という自然の法則を解明し続けました。その結果、今では、広すぎる範囲ではなく、メッシュ(格子)状の地点ベースで「何分後に雨が降り出す」という予報を出せるまでに進歩しました。これは、人間が自然の法則を知ることで、その法則に支配されるだけでなく、自分たちが必要としている時に、必要な分だけ雨を降らせるということまではできなくとも、「雨を避ける」「傘を持っていく」という新しい活動を生み出し、立ち向かった一例です。
一方で、地震の予報に関してはどうでしょうか。
私たちはまだ、地震という自然の法則の正体に、全く手が出ません。せいぜい、緊急地震速報を地震到達の何秒か前に出せる程度です。しかし、これとて以前と比べたら大きな進歩であり、自然という巨大な不自由さの枠に、人間の知性だけで何とか抗おうとする、切実な活動(クリエイティビティ)の足跡なのです。
科学の歴史とは、まさにこの連続。自然が定めた絶対的なルールの前で、科学者たちが脳をフル回転させ、「四苦八苦」しながらその仕組みを理解し、人間の活動の枠を押し広げてきた歴史(探究)なのです。

子どもの「なぜ?」は自然の枠への挑戦状

家庭で子どもの理科の探究を伴走するとき、大人がまず意識すべきなのは、子どもが発する「なぜ?」の正体です。
「どうして、夕方は空が赤いの?」
「どうして、氷は水に浮くの?」
これらは、子どもが初めて出会った「自然界の枠(不思議な不自由)」に対する、子どもなりの挑戦状(探究の始まり)なのです。
ここで大人がやりがちな失敗が、すぐに図鑑やスマホで「答え(答えだけ見る)」を与えて、その四苦八苦のプロセス(活動)を奪ってしまうことです。これでは、前回の私がやってしまった「探究の省略」と同じです。
大人の最高の役割は、答えを教えることではなく、「うわぁ、その枠(不思議)に気づくなんて、君は科学者だね! どうしたらその謎を解き明かすことができるかな?」と、その絶対的な不自由の中で、算数の難問を楽しむような工夫(活動)を親子で共有することです。
夏休みが近づいています。この時期に話題になるのは、「親はどこまで子どもの自由研究を手伝うか」です。是非とも正しい判断をお願いします。
次回は、これまで、科学者たちが繋いできた「問いのバトンリレー(科学史)」について、魔法の虫眼鏡(GA&C)を覗きながら考えていきます。
(第3回へ続く)

10歳からわかる「まとめ」

「絶対に破れないルール(不自由)」があるからこそ、ナゾ解きは最高におもしろい!
みんなは、もし「なんでも好きなことをしていいよ」と言われたら、最高に楽しいかな?
実はね、スーパーデザイナーや、天才科学者たちは、完全な自由よりも、ちょっと「不自由なルール(枠)」があるときのほうが、すごいアイデアをひらめくんだって。デザイナーたちが、「人間が決めたルール」の中で工夫していたのに対して、理科(サイエンス)の世界では、相手がもっと強くなります。
理科でのルール(枠)は、「自然が決めた、絶対に破れないルール」なんだ。
「リンゴはかならず地面に落ちる(重力)」。
「水は100度で沸騰(ふっとう)する」。
「地震(じしん)はとつぜんやってくる」。
これらは、人間が決めたものじゃない。人間が生まれるずっと前からある、逃げられないルールなんだ。人間は、その自然のルールの中で生活するしかないんだね。
でも、むかしの天才科学者たちは、その不自由さに負けなかった。
「どうして、夕方は空が赤くなるっていうルールなんだ?」
「どうして、雨がふるんだ?」
って、そのルールの正体(ナゾ)を解き明かそうと、脳みそをフル回転させて立ち向かったんだ。
たとえば、天気予報(てんきよほう)の進化もそのひとつ。自然のルールを知ることで、今では「何分後に雨が降るか」までわかるようになった。地震予報(じしんよほう)はまだむずかしいけど、それでも少しでも早く知らせることで、みんなの命を守ろうと立ち向かっている。
これこそが、理科の最高の「四苦八苦(しくはっく)」であり、ナゾ解きゲーム。
キミの「どうして?」っていう質問は、自然界が決めた絶対に破れないルールへの、カッコいい挑戦状(ちょうせんじょう)なんだよ!

*本原稿は、ジェミ兄さんとの対話を基に構成されました。

※この記事では、自然に挑戦するために持つべき「理科の力」について考えました。