
※この記事から「美術編」がスタートします。「型」が先か、「自由」が先か、その視点で眺めると、探究と美術は似ているということに触れます。
グローバル会議でのチームビルディング
これまでいくつかのグローバル企業に勤務してきました。いずれの企業でも、世界各地で同じ職務に就くメンバーの代表が年に一度か二度、一箇所に集まり、情報交換と親睦のための時間を共に過ごしました。デジタル化が進み、また、環境問題にも配慮する現在では、頻度は少し落ちているかもしれません。しかし、このような「対面的つながり」をゼロにしようとする企業は、あまりないのではないかと思います。「対面」の大切さへの気づきは、むしろデジタル化により、より強くなっているのではないでしょうか。
さて、「親睦」目的で、チームビルディングのために行ったイベントは下記のようなものでした。マカロン作り、料理、編み物、そして、美術館での美術鑑賞です。フランス系企業勤務が長かったため、会議の開催地はパリが圧倒的に多かったのですが、ロンドンでもニューヨークでも同様の会議は開催されています。東京開催を希望するメンバーの声は非常に大きかったものの、私がワンオペで担当していた時期が長く、その間は勘弁してもらっていました。ホストになると、その国の文化に触れるアクティビティを何か計画しなければなりません。日本で開催する時は、禅寺での坐禅かなぁ、などと想像だけはしていたものです。
「そもそも感情が湧いてこない」という壁
編み物は個人的な作業で、これを行った主な目的はメンバーの意外な特技や性格の側面を知ることにあったのかもしれません。料理やお菓子づくりは、特技・性格を知るとともに、共同作業を通したチームビルディングに役立てたと思います。
さて、私にとっての問題は「美術鑑賞」でした。得意とはいえない英語で感情を表現することはもちろん難関ですが、その前に、そもそも感情が湧いてこないという問題がありました。その一方で、他のメンバーのコメントを聞いていて気付いたことが一つあります。彼らは、私より圧倒的に知識が豊富だったのです。美術史をしっかり学んだんだなぁと感じさせる話を披露してくれました。聞くと、小学校でしっかりそれを学ぶらしいということがわかりました。小学校の美術の教科書はかなりの厚さらしいです。日本の5mmとは全く比較にならないものであるようでした。
日本の図工の「いきなりアウトプット」
この「教科書の厚みの違い」を知ったとき、私は日本の図画工作の時間(あるいは美術の授業)を思い返さずにはいられませんでした。
日本の図工の時間は、多くの場合「さぁ、今日は自由に絵を描いてみましょう」「粘土で好きな形を作ってみましょう」という、いわば「いきなりアウトプット(表現)」から始まります。先生は画材の使い方こそ教えてくれますが、「美術とは何か」「先人たちはどんな問いを持ってこの絵を描いたのか」という歴史や系統を、しっかりと教えてもらった記憶は私にはありません。
一方で、フランスをはじめとするヨーロッパの美術教育では、まず「鑑賞」や「批評」、そして「美術史(文脈)」を徹底的に学びます。つまり、「インプット(型や背景の理解)」に膨大な時間を投資するのです。
探究のジレンマ:型が先か、自由が先か
この違いは、私たちが日々直面する「探究学習」における、ある大きな議論にそのまま繋がっています。それは、
「子どもに探究をさせるとき、スキルや手法(型)を先に教えるべきか。それとも、まずは自由に、工夫しながらやらせてみるべきか」
という論争です。
一見すると、フランスのように分厚い教科書で歴史や形式を教え込むやり方は、子どもの自由な発想を縛る「お勉強」のように思えるかもしれません。日本の「さぁ、自由に作ろう!」のほうが、子どもの個性を伸ばし、探究心を刺激するように思えます。
しかし、現実はどうでしょうか。「自由に描いてごらん」と言われた日本の多くの子どもたちは、年齢が上がるにつれて、「自分にはセンスがないから」「うまく描けないから」と、美術に苦手意識を持つようになってしまいます。
なぜ、自由を与えられているはずなのに、苦しくなってしまうのか。それは、世界をどう捉え、どう表現すればいいのかという「レンズ(見方の型)」を持っていないからです。自分の知っている狭い範囲だけで工夫しようとするため、すぐに限界が来てしまうのです。
「型」があるからこそ、自由になれる
逆に、先人たちの「歴史や型」をしっかり学んだフランスの同僚たちは、美術を「センス」ではなく、世界を解釈するための「知的なツール」として楽しんでいました。だからこそ、大人になっても堂々と自分の意見を述べ、豊かな対話を生み出せていたのです。
探究学習においても、全く同じことが言えます。
「型」を学ぶことは、子どもの自由を奪うことではありません。むしろ、より深く、自由に工夫(探究)するための強力な武器を渡すことなのです。
では、美術における「型」とは一体何なのか。そして、その「型」を学ぶことが、なぜ子どもの探究心を大爆発させるきっかけになるのか。
次回は、探究学習のジレンマである「型が先か、自由が先か」について、美術教育の視点からさらに深掘りしていきたいと思います。
10歳からわかる「まとめ」
「すきにやっていいよ」と言われると、かえって困っちゃうことってない?
日本の図工の時間では、よく「すきなものを、自由に作ってごらん」と言われるよね。でも、何を作ればいいか思いつかなかったり、となりの子と比べて「自分はヘタだな」って恥ずかしくなったりしたことがある人もいるかもしれません。
でもね、フランスという国の子どもたちは、学校で「美術の歴史(むかしの人がどんな風に絵を描いてきたか)」を、分厚い教科書を使ってたっぷり勉強するんだって。
一見、「じゆう」がなさそうに見えるかもしれないけれど、じつは逆なんだ。
むかしの天才たちが考えた「技(わざ)」や「見方のルール」という『型(かた)』をたくさん知っているからこそ、フランスの子どもたちは「じゃあ、自分はこうしてみよう!」と、もっと自由に、もっとおもしろい工夫ができるようになるんだよ。
探究学習(自分で問いを見つけて調べること)も、美術とまったく同じ。
最初にちょっとした「やり方のコツ(型)」を知っておくだけで、きみの自由なアイデアは、もっともっと遠くまで羽ばたけるようになるんだよ!
*本原稿は、ジェミ兄さんとの対話を基に構成されました。
※この記事から「美術編」がスタートします。「型」が先か、「自由」が先か、その視点で眺めると、探究と美術は似ているということに触れました。

ジャートム株式会社 代表取締役
学校・企業・自治体、あらゆる人と組織の探究実践をサポート。
Inquiring Mind Saves the Planet. 探究心が地球を救う。
