ごっこ遊びは何を育てているのか

※本稿では、幼児の「ごっこ遊び」について、その働きや意味を考えます。

反復の次は「ごっこ遊び」

前回は、幼い子どもがなぜ飽きずに同じことを試し続けるのかについて考えてみました。何度も試す。少しずつ変える。違いを感じ取る。そうした反復の中で、子どもは世界の性質を確かめているのではないか。大人には「また同じことをしている」と見える反復が、子どもにとっては、まだ終わっていない探索の途中なのかもしれない、という話でした。そして、次に気になってきたのが、「ごっこ遊び」です。幼い子どもは、ある時期から、ただ物を触って確かめるだけでなく、何かを何かに見立てたり、自分ではない誰かになったりし始めます。積み木が車になる。棒がスプーンになる。ぬいぐるみが赤ちゃんになる。自分が店員さんになり、相手がお客さんになる。そうした遊びは、見慣れているものの、よく考えてみると、不思議にも感じられるものです。目の前にあるものを、そのままのものとして扱わない。現実にはそこに無いものを、あるものとしてふるまう。そして、自分一人の想像の中だけで終わらず、相手ともその世界を共有しようとする。相手もその「架空の世界」に自然に入ってきます。ごっこ遊びには、ただ楽しいだけではない、何か重要な育ちが含まれているように思えてなりません。

今回は、この「ごっこ遊び」について考えてみたいと思います。ごっこ遊びは、いったい何を育てているのでしょうか。

ごっこ遊びは「今ここにないもの」を扱う遊び

前回までに見てきた反復的な遊びは、主に「今ここにあるもの」を相手にしていました。触る。押す。落とす。入れる。出す。そうした遊びでは、子どもは目の前の世界の性質を確かめていました。けれども、ごっこ遊びは少し違います。目の前のものを、そのままのものとしてだけ扱うのではなくなるのです。たとえば、空っぽの箱を車に見立てる。積み木を電話機にする。ただの布をマントにする。そこには、現実に見えているものを越えて、「これは今、こういうものとして使える」という想像の働きがあります。

つまり、ごっこ遊びとは、「今ここにないもの」を扱い始める遊びだと言えるのではないでしょうか。それは単なる空想ではありません。今ここに見えている世界を、そのまま受け取るだけでなく、それに別の意味を与え、別の世界として扱い始めることです。そこに、ごっこ遊びの大きな面白さがあると感じます。

見立てることは世界を別の角度から見ること

ごっこ遊びの中核にあるのは「見立て」です。何かを別の何かとして扱う。この働きは、考えてみると、とても高度です。なぜなら、見立てるためには、目の前のものを一度そのまま受け取りながら、同時に、それとは別の意味でも見なければならないからです。棒は棒である。けれども、今はスプーンでもある。箱は箱である。けれども、今は車でもある。つまり、子どもは一つのものを二重に見ていることになります。一つの見方で世界を固定せず、別の見方でも捉えるようになる。あるものを、ただ「それそのもの」としてだけではなく、別の可能性を持つものとしても見られるようになる。この見立ての力の中には、後の学びや探究につながる芽があるように思います。たとえば、探究においても、ある出来事を別の角度から見ることが大切です。以前、このコラムでも「キャラ設定で進める探究」というタイトルで書いたことがあります。一つの問題に対して、見方を変える。立場を変える。意味をずらしてみる。そうした柔らかい見方の大切さを伝える目的でしたが、もしかすると、その土台が、このごっこ遊びの見立ての経験の中で、すでに育ち始めているのかもしれません。

大人になるにつれて、人はこうした見立ての自由さを、少しずつ失いやすくなるのかもしれません。固定観念に囚われるようになるからでしょうが、実に、もったいないことだと思います。

ごっこ遊びは他者の立場を生きてみる遊び

ごっこ遊びでは、物の見立てだけでなく、自分自身もまた、別の存在としてふるまうようになります。お医者さんになる。お母さんになる。先生になる。お店の人になる。あるいは、動物になる。赤ちゃんになる。ヒーローになる。ここでは、子どもは「自分のまま」ではいません。別の役割を生きてみようとしています。それは、他者の立場を、自分の身体で少し生きてみることです。もちろん、本当の意味でその人になりきることではありませんが、それでも、「その人ならどうするか」「その役ならこう言うだろう」というふうに、自分とは違う立場を試し始めています。医者が言いそうな台詞。お店の人が聞きそうなこと。勧めそうなこと。そんな言葉を自然に真似て口に出しています。これは、とても重要なことのように思えます。

人は育つにつれ、「相手の立場に立って考えなさい」といわれることが増えてきます。けれども、その力は、言葉で教えられて身につくものではないでしょう。ましてや、急に出来るようになることでもないでしょう。幼い頃のごっこ遊びの中で、自分ではない誰かの立場を身体ごと試すことが、有効に働くのかもしれません。

ごっこ遊びは想像が共有された世界をつくる

ごっこ遊びは、複数の子どもが関わると、さらに面白さが増し、また別の面白さも生まれます。たとえば、一人が「ここはお店です」と言う。すると、もう一人が「じゃあ、私はお客さん」と応じる。あるいは、一人が「この子は赤ちゃんね」と言えば、相手もその前提を受け入れてやりとりを始める。現実にはない世界が、そこの何人かのあいだでだけは共有されています。これは、驚くべきことだと思います。ただの思いつきではなく、共通の想像世界をつくり、その中での、いわばルールを守りながら進めているのです。時には、「それは違う。今はお医者さんだから」と修正が入ることもあるでしょう。つまり、ごっこ遊びの中では、子どもたちはただ空想しているのではなく、共同で一つの世界をつくっているのです。

このことは、社会性の育ちとも深く関わっているように思います。自分だけがわかっていればよいのではなく、相手にも通じるように世界をつくる。相手の反応を見ながら、設定を少し変える。相手が入ってこられるように調整する。こうしたことは、後の対話や協働に役立つ土台を、成長のかなり早い段階から、つくりはじめているということの表れではないでしょうか。

ごっこ遊びで言葉や感情を練習している

ごっこ遊びの中では、子どもはいつもとは違う言葉を使い始めます。

「いらっしゃいませ」「どうしましたか」「だいじょうぶですよ」「注射しますね」

そうした言葉は、日常の会話の中では、あまり使わないものでしょう。けれども、ごっこ遊びの中では、生き生きと出てきます。したがって、ごっこ遊びは、言葉の練習にもなっています。その言葉がどんな場面で自分に対して使われていたかを思い出し、おそらく、言われた時の気持ちも思い出しながら、今度は、誰かに対して使ってみながら言葉を学んでいます。ごっこ遊びは、ある種、アウトプット中心の学びと呼ぶこともできるでしょう。ごっこ遊びでの台詞を、本人が実際に喋ることは、この先、ほとんどないかもしれない。時々そんな言葉すら耳にします。それだけではありません。ごっこ遊びでは、感情もまた試されています。赤ちゃん役をして甘える。お母さん役になって世話をする。保護する側に立つ。患者になって辛そうに振る舞う。先生役になって注意する。そうした中で、子どもは、感情の出し方や受け止め方をも練習しているのかもしれません。

ごっこ遊びは、言葉だけでなく、感情や関係の型も試している場なのだと思います。人が社会の中で生きていくための、とても大切な準備を見るような気がします。

ごっこ遊びは「現実を広げる」ことなのかも

ごっこ遊びを見る時、大人は「現実ではない世界に入り込んでいる」と感じるかもしれません。たしかに、目の前にあるのは本物の病院ではありませんし、本物のお店でもありません。そこにあるのは、子どもたちの想像がつくった世界です。けれども、ごっこ遊びは、単に現実から離れているのではないと思います。むしろ、現実を広げているのではないでしょうか。今ここにあるものを、そのまま受け取るだけではなく、別の意味で見てみる。今の自分の役割だけではなく、別の役割を生きてみる。一つの世界だけではなく、別の世界がありうることを試してみる。そうしたことは、現実逃避というより、現実の可能性を広げる働きのように見えます。子ども達は大人のように機械の力を借りなくても、AR(拡張現実)の世界を自分の力で楽しめるのだといえるでしょうか。

ごっこ遊びの中で、子どもは、世界は一つの見え方だけでできているのではない、ということを学んでいるのかもしれません。そして、その柔らかさこそが、後に学びや探究の中で大きな意味を持つのではないかと、私は感じています。

ごっこ遊びが育てる「別の世界がありうる」という感覚

ごっこ遊びが育てているのは単なる想像力だけではないということが、段々と見えてきました。見立てる力。役割を生きる力。相手と世界を共有する力。言葉や感情を試す力。そして何より、「今ここにないものを思い描く力」です。この最後の力は、特に、とても大切なのではないでしょうか。別の世界がありうる。別の見方がありうる。別の立場がありうる。その感覚があればこそ、人は固定された現実に閉じずにいられると感じます。

ごっこ遊びは、人間に大切な様々な感覚を、幼い頃から育てているといえるでしょう。

10歳からわかる「まとめ」

・ごっこ遊びでは、子どもは、ただ楽しく遊んでいるだけではない

・何かを別のものに見立てたり、自分ではない人になってみたりしながら、世界をちがう見方で試している

・だから、ごっこ遊びは、想像する力だけでなく、相手の立場を考えたり、言葉や気持ちの使い方を学んだりすることにもつながっているのだ

*本原稿はチャッピー君との対話を基に構成されました。

※本稿では、幼児の「ごっこ遊び」について、その働きや意味を考察しました。