美術史は暗記ではなく、究極の探究学習

※この記事では、芸術分野における「天才たちの問い」を取り上げ、考えます。

天才たちの「問い」の変遷をたどる

前回の記事では、ラグジュアリーブランドの「ブランドコード」を例に、完全な自由放任よりも、魅力的な「枠(制限)」があるからこそ私たちは、受け手が「その手があったか!」と驚き、一呼吸置いて腑に落ち納得するような、そんなクリエイティビティを発揮できるというお話をしました。では、美術においてその「枠」や「型」にあたるものとは一体何でしょうか?それこそが、フランスの子どもたちが分厚い教科書で学ぶ「美術の歴史(美術史)」です。
日本の多くの大人にとって、美術史というと「作品名と作者の名前を覚える、退屈な暗記科目」というイメージがあるかもしれません。しかし、それは大きな誤解です。美術史の正体とは、暗記物などではなく、天才アーティストたちが時代を超えて繋いできた「魅力的な『問い』のバトンリレー」そのものなのです。
彼らは、前の世代が作った「当たり前という枠」に対して、常に独自の問いを投げかけ、新しい表現を切り拓いてきたのです。

世界を変えた天才たちの「問い」の事例

ここで、美術の歴史をガラリと変えた2つの大きな「問い」をご紹介します。これらはまさに、探究学習のお手本のようなプロセスです。

① 印象派の問い: 「『見た通り』って、本当に正解?」

19世紀後半まで、ヨーロッパの美術界では「アトリエにこもり、神話や歴史のワンシーンを、写真のように正確に描くこと」が絶対的なルール(枠)でした。
しかし、モネやゴッホといった若きアーティストたちは、こう問いかけたのです。
「でも、僕たちが外に出て景色を見るとき、本当にそんな風に見えているだろうか?」
彼らが気づいたのは、太陽の光や空気によって、同じ景色でも刻一刻と色が変わるという事実でした。
「カメラのように正確に描くことよりも、僕たちの目がその一瞬に感じた『光の輝き』をそのままキャンバスに定着させることこそが、本当の『見た通り』なんじゃないか?」
この問いから、彼らは室内を飛び出し、キャンバスを外へ持ち出しました。そして、絵の具を混ぜずに原色のまま細かく並べて塗ることで、光そのものを表現する「印象派」という大革命を起こしたのです。

② キュビスムの問い: 「多角的に見たら、世界はどうなる?」

20世紀初頭、ピカソという天才が登場します。それまでの絵画は、ルネサンス期に完成した「遠近法」という枠に従い、「一つの視点から見た景色」を立体的に描くのが当たり前でした。
そこにピカソは、全く新しい問いを突きつけます。
「人間は動く生き物だし、物事にはたくさんの側面がある。なのに、どうして一つの角度から見ただけの絵が『正しい』と言えるのだろう?」
ピカソの探究は過激でした。
「一つの絵の中に、正面から見た顔、横から見た鼻、後ろから見た形を全部いっしょに詰め込んでみたらどうなるだろう? そのほうが、その物の『真実の姿』を描けるんじゃないか?」
こうして、対象を一度バラバラのサイコロ状(幾何学的な面)に分解し、一つの画面に再構成する「キュビスム」(立体派: 英語やフランス語で立体を示す cube から派生)が生まれました。遠近法という何百年も続いた常識の枠を、内側から完全に押し広げた瞬間です。

シャネルとピカソの交流

話は少し逸れますが、ガブリエル・シャネルが同時代の芸術家達を陰に日向に支援したことは有名な話です。彼女のその精神を引き継ぎ、私が在籍した当時にも既にシャネル株式会社には、「ピグマリオン・デイズ」と銘打った、若手音楽家を支援するプロジェクトがありました。支援の形態は、銀座本店4階のネクサスホールで、彼らに定期的な演奏の機会を提供するというものです。現在はグローバル部門として「シャネル文化基金」があるそうです。
シャネルは、イーゴリ・ストラヴィンスキー(作曲家)やセルゲイ・ディアギレフ(ロシア・バレエ団)といった非常に革新的な芸術家たち、別の見方をすれば「商業的ではない」彼らの活動を支援してきました。「問うている真っ最中の人」というのは、ある意味、商業的な成功とは無縁なのかもしれません。
ピカソとシャネルは、ジャン・コクトーの『青列車』などの舞台の、舞台衣装と舞台美術でタッグを組みました。「異なるレンズ」を持った天才同士が、お互いの枠をさらに内側から押し広げ合った実例といえるかもしれません。
あるいは、こんな見方もできるでしょうか。シャネルの原動力は、社会への怒りでした。男性に比べて何かと制限の多かった、当時の「女性を解放した人」としての側面です。シャネルは、その角度からの「社会への問い」を持ち、ファッションにおける革命を実現した人です。

問いは、世界を切り取る「魔法のメガネ」

さて、話を戻します。印象派もキュビスムも、ただ「気まぐれに、新しくて変わった絵を描いた」わけではありません。先人たちが作った確かな「型」をリスペクトし、研究し尽くした上で、「自分ならどう問いを立てるか?」と徹底的に工夫した結果なのです。
美術史をこのように読み解くと、一つひとつの美術様式が、子どもにとって世界を新しく切り取るための「魔法のメガネ(レンズ)」に見えてきます。
家庭での会話は、実は、このメガネを意識するだけで、瞬く間に探究活動に早変わりします。
美術館や本で絵を見るときに、「これ、何が描いてあると思う?」と聞くだけでなく、
「この画家は、どんな不思議な『問い』を持って、この絵を描いたんだろうね?」
「この人は、世界のどんな枠を押し広げようとしたのかな?」

と、親子でアーティストの脳内を想像するような対話を楽しんでみてください。
歴史という最高の「型」を知ることは、子どもの中に、世界を見るための無数のレンズを増やすこと。次回は、この「問いのレンズ」を、自宅にいながらにして五感で体感できる、現代ならではの最強のICTツール活用法についてお話しします。(次回へ続く)

10歳からわかる「まとめ」

むかしの天才画家たちは、みんな「最高の質問(問い)」の天才だった!
美術の歴史って聞くと、むずかしい名前や年号を覚える「お勉強」だと思うかもしれないけれど、じつは全然ちがうんだ。
美術の歴史はね、むかしの天才たちが「これって、本当にこれで合ってるのかな?」と、大人の常識にカッコいい質問を投げかけてきた、大冒険の記録なんだよ。
例えば、「教科書みたいに、きれいに見た通りに描くのが正解だよ」と言われていた時代に、「でも、光があたってキラキラしている一瞬をえがく方が、本当に見た通りなんじゃない?」と問いかけて、外に飛び出したのがモネやゴッホ(印象派)たち。
「写真は1つの場所からしか写せないけれど、いろんな角度から見た形をぜんぶ1つの絵に集めたらどうなる?」と考えて、絵をバラバラの四角にして組み合わせたのがピカソ(キュビスム)なんだ。
彼らはルールを無視したんじゃなくて、「ルールをよーく知った上で、新しい質問をして、枠(わく)を外側に広げた」んだね。
みんなも、探究学習をするときは美術の天才たちをマネしてみてね。
「みんなはこう言っているけれど、もしこうしてみたらどうなるかな?」
そんなきみの「問い」ひとつで、世界の見え方は魔法みたいにガラリと変わるんだよ!

*本原稿は、ジェミ兄さんとの対話を基に構成されました。

※この記事では、芸術分野における「天才たちの問い」を取り上げ、考えました。