
※「介入についての考察」第5回の本稿では、人間以外の「介入者」の存在や、その影響について考察します。
環境は子ども達に働きかけている
介入と聞くと私たちはつい、人が何かを言うことやすることを思い浮かべます。たとえば声をかけること。教えること。止めること。励ますこと。問いを返すこと。これまでこのシリーズでも、そうした人の関わり方を中心に考えてきました。
ところで、子どもに働きかけているのは人間だけなのでしょうか。たとえば、どんな場所で学んでいるのか。机はどう並んでいるのか。どんな道具が、どんなふうに置かれているのか。窓の外に何が見えるのか。黙って座っているしかないのか、少し立って話すこともできるのか。誰が近くにいて何が近くにあって、どんな声や音が聞こえてくるのか。そうしたこともまた、子どもの行動や考え方、感じ方などに知らず知らずのうちに影響しているように思うのです。
私たちに何かをしやすくしたり、しにくくしたり。私たちを何となく安心させたり、妙に息苦しくさせたり。問いが生まれやすくしたり、反対に早く正解を出したくさせたり。そのように作用する力を、環境や場は持っているように感じます。環境は言葉で語りかけはしませんが、沈黙したまま働きかける介入者と呼べるでしょう。
今回は、そんな「環境」という介入者について考えてみます。
私たちは環境からの働きかけを見落としがち
人の言葉や態度は目につきやすいものです。誰かが励ました。誰かが止めた。誰かが問い返した。そうした介入は形が見えやすいため意識にも上りやすいでしょう。
それに対して環境の働きは見えにくいものです。目に入ってはいても、それが自分に何かをしているとは思いにくいのです。けれども実際には、環境はかなり多くのことを決めています。その場所では声を出しやすいのか。体を動かしやすいのか。誰かに話しかけやすいのか。じっくり落ち着いていられるのか、そわそわしてしまうのか。集中できるのか、それとも、早く終わらせたくなるのか。
私たちは、何かがうまくいかなかった時、つい「声かけが足りなかったのではないか」「教え方が悪かったのではないか」と考えがちです。もちろん、それが原因であることもあるでしょう。けれどもその前に、そもそもその場が、何をしやすくし、何をしにくくしていたのか、それを見直した方がよいこともあるかもしれません。
環境は何も言わずに方向づけをしている
たとえば、机がすべて前を向いて並んでいる教室では、自然と「先生の話を聞く」という構えが強くなるでしょう。一方で、互いの顔が見える配置になっていれば、「人と話す」「考えを出し合う」ということが起こりやすくなると思います。
道具の置かれ方もそうです。手に取りやすい場所にそれがあるのか。使ってよいことがわかる置かれ方になっているのか。あるいは、特別な許可がないと触れられない雰囲気なのか。それだけでも子どもの動きは変わってきます。
光や音や温度や湿度もまた、無言のまま働いています。落ち着いて考えられる場なのか。何かを試してみたくなる場なのか。それとも、黙って正解を待つしかない場なのか。あるいは、逃げ出したくなるような、息苦しさを感じる場なのか。
つまり環境は、何も言わずに、人の行動や思考を静かに方向づけているといえるでしょう。それは命令ではありません。けれども確かに作用しています。その意味で環境は沈黙の介入者なのです。
環境は問いをひらくことも閉じることもある
探究を思い浮かべる時、このことは特に大きいように思います。問いが生まれるためには何かに引っかかりを覚えることが必要です。立ち止まって見つめられること。比べられること。少し違う見方に出会えること。自分の感じたことを口や態度に出しても大丈夫だと思えること。そうした条件が整っている時、問いは立ち上がりやすくなるでしょう。
反対に、問いが生まれにくい環境もあります。早く正解を書かなければならない雰囲気。黙って座っていることばかりが求められる空間。他の人の考えに触れにくい配置。気になったことを試してみる余地のない場。そうしたところでは、問いはまだ芽になる前に閉じてしまうかもしれません。
環境は中立ではないのだと思います。問いが育ちやすい環境もあれば、問いを痩せさせてしまう環境もあります。そして、その違いは、しばしば人の言葉よりも強く働きかけてきます。大人が口でなんと言おうと、環境そのものが「早く答えを出しなさい」と語っていれば、子どもはそちらの声を先に聞いてしまうでしょう。問いを育てたいなら、言葉掛けだけではなく、場が何を語っているのかにも注意を払う必要があります。
子どもを育てるのは人だけではない
介入者は人間だけではないのだと思います。友達。異年齢の子ども。先生。地域の大人。それらの人たちに加えて、動物。自然。気候。道具。場所。偶然の出来事。そうしたものもまた、子どもの成長に働きかけてきます。
たとえば、ペットと暮らすことで覚える気づかいや責任感は、弟や妹がいない子どもにはより強く現れるかもしれません。他にも、厳しい自然に囲まれているのかどうか。雨の日の匂いや風の強さから感じる季節や気候の変化。道具を手に取ったときから始まる試行錯誤。年上の子を見て、「自分もやってみたい」と思う気持ち。たまたま出会った人のひと言がいつまでも残ること。そうしたことは、大人が正面から「教えた」わけではありません。けれども確かに、その子の生活の中に入り込んでいます。そうした全体の中で、育ちは起きているのだと思います。
よい環境は答えを教えずに動きたくさせる
環境が介入者だとしても、それは人のように「こうしなさい」と命じるわけではありません。むしろ、よい環境は、答えを教えるのではなく、人を静かに動かすのだと思います。
手に取りたくなる。もう少し見たくなる。比べてみたくなる。やってみたくなる。調べてみたくなる。落ち着いて考えたくなる。
そうした気持ちが自然に生まれる時、環境はすでに介入しています。しかもそれは強制ではありません。誘発と呼べばよいでしょうか。何かを命じるのではなく、何かが起こりうるようにする。それが、環境の介入の大きな特徴でしょう。
この意味で、環境を整えるとは、単に準備をすることではありません。人の動きや思考のきっかけを、沈黙のうちにデザインしているといえそうです。
環境づくりとは沈黙の介入を設計すること
教育の場では、よく「環境を整える」といいます。この言葉は、私たちが思う以上に重い意味を持っているのではないでしょうか。
環境を整えることは、ただ見た目を整えることでも、単に使いやすくすることでもありません。その場では何が起こりやすくなるのか、何が起こりにくくなるのか、までを意識して決めることでしょう。つまり、沈黙の介入を設計することなのだと思うのです。
何を手に取りやすくするのか。どこに余白をつくるのか。人と人がどう出会う配置にするのか。安心して未完成な考えを出せる空気をどう支えるのか。そうしたことは、すべて無言のまま子どもに働きかけています。
環境は何も言いません。だから、私たちはその無言の働きを見落としやすいでしょう。しかし、子どもが育つ上で大切なのは、誰が何を言ったかだけではなさそうです。その場そのものが、子どもに何をさせ、何を感じさせ、何を考えさせているのか。そういうことにも、もっと敏感でありたいと思います。
10歳からわかる「まとめ」
・子どもの成長には、人の言葉だけでなく、場所やまわりの物や雰囲気も、いろいろな働きをする
・たとえば、話しやすい場所では考えを言いやすくなり、やってみたくなる道具があると試してみたくなる
・だから、子どもが考えたり試したりしやすいように、環境をデザインすることが大切だ
*本原稿はチャッピー君との対話を基に構成されました。
※本稿では、人間以外の「介入者」の存在や、その影響について考察しました。

ジャートム株式会社 代表取締役
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