探究は様々な見方を意識して

目線の高さと見つめる先

探究において、探究対象が自分自身であれば、すなわち目的語が「私」であれば、見つめる先は自分自身の内面、心の中になります。内観を通して探究の目標を定めるところから始めます。一方、誰かの役に立つことを考える探究の場合は、その人と目線を合わせながら計画を練ります。横に寄り添い、目の高さと見つめる先を同じにして、同じ景色を見ていることを確認しながら探究に取り組む準備を進めます。

生徒の探究の伴走者を務める大人もこれと同じで、まずは、生徒の横に位置し、そこから始めるのがよいでしょう。

【参照】 第29回「“Face to Face” より “Side by Side”」

動き始める・やり始める

視線が定まった生徒は、やりたいことに向かって、自分で出来ることから始めて構いません。全員が全員、まずは調べ学習から入るという必要はありません。むしろ、動き出した後に、調べなくてはいけないことが次から次へと出て来るはずです。

その意味で、調べ学習をアンケートから始めてしまうのは危険です。必ず後から「これもアンケートで聞いておけばよかった」という項目が出てくるからです。アンケートは、自分たちである程度進めた後の段階で、軌道が正しいかの確認や必要な軌道修正に活用する目的で、中間成果に対する意見や評価を尋ねるのに使う方が効果を発揮します。「私はこうすれば解決につながると思っていますが、どう思いますか」と聞くような使い方です。まわりの大人から、中間発表後にコメントをもらうのに似ています。反対に、例えば「まずは周りの人たちに今の関心や興味について聞き、それを元に自分たちのテーマを考えよう」という目的でアンケートを取ることは勧められません。ますます焦点が定まらなくなるだけだからです。

まわりの大人の役割

やり始めたら壁にぶつかるのが普通です。その段階で、生徒からの求めがあれば手を差し伸べるのが大人に求められる役割です。壁にぶつかるまでは生徒たちに任せ、自主的に進めさせることに何ら問題はありません。生徒たちにはやることがあるわけですから、頭や手が動かなくなっていることはないでしょう。ただし、その調子でほぼ相談に乗ることもなく「順調に」中間発表を迎えた生徒に対しては、そこでのフィードバックがとても大切になります。細心の注意を持って生徒の発表を聞き、考えられる限りの「別の見方」を示唆するようにします。中間発表前に相談に来た生徒に対しては都度つど一つひとつ行っていたフィードバックですが、それまで相談に来なかった生徒に対しては、そこで初めて、その場でまとめてフィードバックを行うことになります。いきなりのことなので、指摘にヌケ・モレが出ることがないようにしなくてはならないと、大人は緊張もすることでしょう。

私のような外部の人間は、そのような場に急に呼ばれることがほとんどのため、有意義なフィードバックができるよう、普段から気を付けていることがあります。それは、様々な見方を意識することです。

視座の高さと視野の広がり

まず、自分の視座を定めます。視座は上下に動きます。塔の天辺に視座があるとして、そこから下方向を見た時に見える範囲を視野とします。塔の高さに応じて視野は拡大・縮小します。電柱に取り付けた街灯が照らす範囲が、その高さによって変わる様子をイメージしてください。塔が、踏み台程度の高さしかなければ、大して視野は広がりません。

視座には、様々な立場の関係者(ステークホルダー)が何人か集まっていると考えます。車座になって座っているとでもイメージしましょうか。どのような関係者がいるかは生徒の探究テーマによって変わってきますが、何か社会課題を解決するための新製品や新サービスを考えているのであれば、そこにはユーザー、流通業者、競合メーカー、ユーザー・ノンユーザーに関係なくその地域に暮らす人、メディア、監督官庁、投資家、等々が集まっているでしょう。各関係者は、それぞれの視点から生徒の探究テーマを見つめて疑問点を投げかけます。監督官庁からのコメントは、案を進めるには免許・許可が必要だとか、現在の規制に合致しているかいないか、などの視点からのものでしょう。メディア視点でのコメントは、そのサービスの特徴や他との差別化が明確かを検証するのに役立ちます。メディアで取り上げる価値があるかどうかが判断基準です。投資家なら、事業の成否の判断基準や、見込まれる利益、利益が出始めるまでの期間などを聞くでしょう。

視座が高くなるにつれ視野が広がるのは、例えば、サービスの展開エリアが拡大するにつれて評価が変わらないかを検討してみるのに利用することが出来ます。具体的に顔がわかるくらいの近所の人だけに使ってもらう場合から、市町、県、日本、アジア、世界、と展開を広げていく場合に何か不都合が起きないかを考えてみるというような使い方です。

生徒自身の見方を広げる

ここまで、大人がコメントする際の見方について述べてきましたが、目的は、大人とこのようなやり取りを頻繁に行うことを通して、生徒が自分で、様々な見方で自身の探究を見つめることができるようになることです。何かを実現しようとする際には、様々な立場のステークホルダーとの対話を通して、皆が納得する案を見つけることが実現への一番の近道です。

探究の目的には、生徒が、まずは様々な立場の人がいることを意識できるようになること、次に、その人たちとの腹を割った対話を通して、合意できる解決策を見つけ出すことの大変さ・大切さを体験し実感すること、が含まれていると私は思います。

10歳からわかる「まとめ」

・探究では、ものの見方が大切。視線、視座、視野、視点のそれぞれを意識しよう

・まわりの大人が、生徒の探究にフィードバックを与える際に様々な見方を伝えることで、生徒が自分でも日頃からそれを意識できるようにしたい

・立場によって様々な見方があることがわかれば、生徒はそれらの人々と対話を繰り広げて皆が納得する解決策を見つけ出すことの大変さ・大切さを、身を持って知ることができる

以下、余談です。

「異見」探し会の開催

各教室で、先生がコメントに窮した生徒の「探究」があれば、それを持ち寄って探究会議を開くことを勧めたいと思います。中には、「これに対して私はどんなアドバイスをすれば良かったのでしょうか」と相談したい先生もいるかもしれませんが、会議で話すことはアドバイスではなく、「どんな見方・視点があるか」についてどんどん意見を出すことに重きを置きます。良いアドバイスを思いつくことを目的としなくて構いません。世の中には様々な人がいることに目を向け、ある意見に対し「Aの立場の人なら何と言うだろうか」「Bの立場の人はどうか」と、異なる立場の人を思い付く限り挙げることが会議の目的です。後日、生徒にそれを示します。それに対する答えを出すのは生徒です。

また、先生が教室で困った際、他の生徒が助けてくれることは充分にあり得ます。先生は「別の意見や考えがある人はいませんか」と聞くだけでよいのです。そうやって、ものの見方には色々あり、どれも単純には片付かないと知ることが、探究では大切です。

第52回「総合的な学習から探究へ」を読む