フランスの哲学教育がすごいワケ【前編】

哲学を試験に課すフランスのバカロレア

フランスでは高校卒業証明書のことをバカロレアと呼びます。バカロレアを取得するための全国共通試験があり、それに合格しないと高校を卒業することはできませんが、合格すると大学入学資格が得られます。

様々な科目の試験が課される中で、バカロレアの代名詞ともなっている試験科目が哲学です。フランスでは、高校3年生が一年間をかけて哲学を学び、最後にその試験をパスして晴れて「大人の」フランス市民となるというのが、国が望むストーリーのように感じます。
このバカロレアの確立は1808年、ナポレオン・ボナパルトの時代です。今ではなんと二百年以上の歴史を有していることになります。

フランスの調査費用が日本より安いのはなぜか

マーケティングリサーチの仕事をしていた時、フランスの調査費用と日本の調査費用を比較できる機会がありました。私の事前の予想はフランスの方が高いに違いないというものでしたが、実際はそうではありませんでした。

明細を見て判明したことは、日本の費用の高さが主に、対象者に支払う謝礼と調査会場レンタル料の高さによっていたという事実です。あたかも日本では、立派な会場を用意し、そこまでの足代を含む謝礼を充分に支払わないと、調査に協力してくれる人を集めるのは難しいと考えられているようでした。

それに対して、フランスでは、一般市民が「自分の意見を述べる機会を与えられることは素晴らしいこと。アンケートでもインタビューでも喜んで参加する」という意識を持っているようです。私が関わったのは民間企業のプロジェクトがほとんどで、公的機関による世論調査ということではなかったのですが、そんな場面であっても、市民の参加意識の高さを垣間見たように感じます。その要因の一つは、きっとこの高校での哲学教育にあるのではないか、というのが私の仮説です。

最近、坂本尚志氏の著による『バカロレアの哲学』(日本実業出版社)を読んだところ、そこには、フランスの高校3年生に哲学教育が行われる意味として、以下のようなことが書かれていました。

  1. 小中高で学んだ様々な科目を振り返り、互いに結びつけ統合する。哲学で知識を掘り下げ、科目に偏らない「教養」を身に付けるため。
  2. 民主主義社会において自分自身の理性によって考え、発言し行動できる人間、すなわち「市民」を養成するため。

    おそらくこの「2」が実現できているため、私は上記のような感触・仮説をもったのでしょう。

正・反・合にまで繋げる「思考の型」

バカロレア試験を前にした一年間の学習で、高校3年生は「思考の型」の習得を目指します。
当たり前を疑い批判的にモノを見る目を養います。そして、おそらく最も大切なこととして、反対意見を尊重し理解しようと努めることを身に付けます。自分の立場の正当性の主張はその上で行うのだと習います。
時に反対意見の良いところは素直に認め、それを取り入れて自身の最初の考えと統合し、さらに良い意見に仕上げます。

このような態度に基づく、正・反・合の思考の型を身に付けるのです。

正・反・合については、前回の記事でも詳しく説明していますのでよろしければご覧ください。

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批判的思考に慣れていない日本人

日本人は「批判的に思考すること」に慣れていない、得意でないとされます。
5年に一度OECDが実施する「生徒の学習到達度調査(PISA)」の直近2018年の結果はショッキングなものでした。「読解力」における国際比較ランキングで日本の順位が前回の8位から15位に落ちたからです。

「読解力」は以下の3つの構成要素「情報を探し出す」「理解する」「評価し、熟考する」によって計測されています。この中で「理解する」がいわゆる一般に連想する「読み解く力」にあたります。これは書き手の伝えたいことを理解するという受動的な意味のものでしょう。

一方、残りの2つには読み手の方から主体的に働きかけながら読むことが求められます。自分に必要で有益な情報を探し出し、それを批判的な目で精査しつつ、精査に耐えた情報を手がかりに、自身の課題解決に向けて熟考することを指しているからです。

「主体的・対話的で深い学び」を小中学校の学習指導要領で掲げながらも、その達成がいまだ道半ばであることが図らずも示されてしまっています。対話は何も人間同士の間でしか生じないものではありません。資料や書物との間でも対話は必要です。

ここに別の調査結果もあります。同じくOECDによって2018年に実施された「国際指導環境調査(TALIS)」です。こちらは教員を調査対象としており、例えば、「明らかな解決法が存在しない課題を提示する」を頻繁に行なっていると答えた割合は日本の中学校教員で16.1%、世界全48カ国・地域で37.5%でした。

また「児童生徒の批判的思考を促す」ことができていると回答したのは、日本の24.5%に対して世界は82.2%でした。後者に分類される質問については、他の項目への回答とあわせ、文科省は「児童生徒の自己肯定感や学習意欲を高めることに対して高い自己効力感を持つ日本の小中学校教員の割合は低い」と総括しています。
これでは、先の生徒に対する調査の読解力の項目で、結果が向上することは当分望めないかもしれません。

反対意見にも価値がある

思考の型を身に付けるのは、それを活用した表現・行動に繋げるためです。哲学は考えるためだけのものではありません。立派な市民・主権者たる者、自身の理性でしっかり考え責任をもって行動すべきだ、ということでしょう。

それに引き換え、私たちが日ごろ目にする政治関連をはじめとするニュースではこんなことが起こっていないでしょうか。
「裏付けとなる資料やデータをしっかりと提示せず、馴れ合いで決断を下す」「有力者の意向なのか、A案でいくという結論ありきの進行に終始し、対案のBについては説明の機会すら与えない」。このような態度は、知的とも道徳的とも呼べないものです。反対意見にも丁寧に耳を傾けてみると、これはこれでなるほど理屈は通っているなと思えることはあるはずです。フランスの高校の哲学の授業では、反対意見を無視してはならないことを徹底して教え込むようです。

次回は、哲学試験の出題方法と回答の手順について説明していきます。

10歳からわかる「まとめ」

・フランスでは高校の卒業試験の科目に哲学があり、高校生は一年間で哲学を学ぶ
・理由は、責任ある行動が取れる大人になってほしいため
・それには「よく考えながら」ひとの話を聞いたり読んだりすることが大切
・話の元や、話の信頼度を確認しながら、話を受け取るくせをつける
・自分の意見と異なること、正反対のことも、決して無視はしない
・相手を尊重し、相手の話の良いところは自分の意見に取り入れていく

【旧:WEBマガジン・作家たちの電脳書斎 デジタルデン2023年3月29日公式掲載原稿 現:作家たちの電脳書斎デジタルデン 出版事業部 (https://digi-den.net/)】

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