高校生編: 問いを引き受けるとき

※高校生になると、探究は「何を知るか」から「どう生きるか」へと重心を移していきます。本稿では、高校という場で経験する試練と再設計のプロセスを通して、高校生にとっての探究の意味を考えます。

「できる自分」が崩れるとき

幼児期、子どもたちは世界を感覚でつかもうとしました。児童期には、それを言葉にして整理しました。中学生になると、「私は何者か」という問いが芽生えました。では、高校生になると何が起きるのでしょうか。

高校は、多くの場合、似た学力層の生徒が集まる場所です。また、全国大会に出場するような部活の強豪校には、レギュラーを目指す優秀な選手達が数多く集まってきます。中学では上位だった生徒、巧いといわれていた生徒が、高校では「普通」になってしまうことがあります。中には、希望の高校には進めなかったというところから、高校生活のスタートを切ることになる生徒達もいることでしょう。これまで感じたことのない敗北。「自分よりすごい人がいる」という現実。初めて味わう挫折。

高校生になるとは、「自分はできる」という前提が崩れる経験をすることでもあります。

立ち位置を再設計する

しかし、そこからが本当の探究、自分や他者との対話が始まります。

オール5は難しい。でも、この教科だけは誰にも負けないと決める。勉強ではかなわないけれど、研究テーマで誰よりも深く掘る、一番を目指す。あるいは、部活で競技を変更したり、生徒会活動に精を出したり、学園祭でスターになることを目指したりする。

それは、どれも「諦め」ではありません。自分の立ち位置を見極め、そこから再設計するという営みです。

高校生の探究とは、自分がぶつかる壁から顔を背けずしっかりとそれに向き合い、そこからの次の一歩を歩み出すことなのだと思います。そのとき、初めて「自分を選び直す」という経験が始まります。

身体で確かめる探究

ある女子生徒は、中距離走の記録を伸ばすために、トレーニングの強度や頻度、食事の内容と摂取のタイミングおよび量を細かく組み合わせ、自分の身体と気持ち、そしてもちろん記録の変化を丁寧に追い続けました。

彼女は「一般論として正しい方法」「誰にでも勧められる方法」を探したのではありません。自分に合う方法を、実験と記録を通して探したのです。見つけたそれは、結果的に、彼女にしか合わない方法だったかもしれません。

そこには、「私はどう伸びるのか」「自分をどう伸ばせるか」という、極めて個人的で、しかし真剣な問いがありました。

夢と現実を同時に見る探究

別の生徒は、プロサッカー選手になりたいと考えています。しかし、競技生活の年齢・体力的限界も理解しています。

そこで、むしろそちらの方が長くなる引退後の人生を見据えた時、大学で経営学を学ぶことを考えます。いつか自分の店を開くことを夢見ていたからです。

二人で話したのは次のようなことです。経営学部を持つ大学は多いが、教授にはそれぞれ経営学の中の専門や得意があること。それを事前によく調べずに行くと、ゼミ選択がうまくいかないことがある。また、職業人生の前半はサッカー選手なのだから、大学時代のサッカーとの関わり方も、経営学の勉強と同じかそれ以上に重要になること。候補の大学にサッカー部がなければそこには行けない。あっても、チームが弱かったり、監督の戦術に自分が合わないと判断したりするなら、そこも除外する。そうして、勉強と競技生活が両立する大学候補を絞る。次に、その大学の入試方式を研究し、自分に最も有利な方式を探す。こうして目標が定まれば、すぐに準備を開始する。また、資料だけからそれらを判断するのではなく、オープンキャンパスなど参加できるイベントがあれば積極的に行って、肌身で「相性」を確認してくること。

彼は今、これに取り組んでいます。夢を見ることと夢を設計すること。その両方を同時に行うのが、高校生の探究です。

関係の中で選ぶ探究

もう一人の女子生徒は、地元のフットサルチームの中心選手として活躍しています。進学で県外に出ればチームに迷惑をかけてしまうのではないか。そう考え、進路を変更すべきかを悩んでいました。しかし、彼女はまだ誰にもそれを相談していませんでした。

進路とは、孤独に決めるものではありません。関係の中で、対話を通して、少しずつ輪郭が見えてくるものです。ここで、自分以外の誰かと対話をするかどうかは、後々大きな違いを生みます。「あの人は、きっとこう思っているに違いない」「相談したら、きっとこういわれるだろう」の予想は、私の経験では外れたことの方が多い気がします。直接しっかり話してみることを強く勧めました。

一方で、自分の選択が他者に影響を与えることを知る。それもまた、高校生にとって大切な、成長に大きな影響を持つ貴重な経験になります。

世界が広がるということ

高校では通学範囲が広がります。生活圏の拡大に伴い、出会う価値観も多様になります。

家庭環境の違い、将来像の違い、能力の差。それらを前に、自分の位置が、よりはっきりと相対化されます。その中で、自分はどこに立つのか。何を大切にするのか。探究は、問いを持つことから、問いを引き受けることへと進んでいきます。

高校生の探究とは

発達心理学者エリクソンは、この時期を「アイデンティティの確立」の段階としました。

それは、「私は何者か」という問いを、「私はどう生きるか」という選択へと統合していく過程です。

高校生の探究の目的は、完成した答えを持つことではありません。

自分の、ある一つの方面の「壁・行き止まり」を知り、世界の広さを知り、その上で、自分の道を選び直す経験をするのが高校生です。何度かそれを繰り返す人もいることでしょう。問いを引き受けることを学ぶ大切な三年間、それが高校時代です。もちろん、高校卒業時点で全てが完成している必要はありません。しかし、「どう決めたか」という経験はその後の人生を支える力になります。引き受けることから逃げないようにしたいものです。

10歳からわかる「まとめ」

・多くの高校生は、「自分はできる」という前提が崩れる経験をする

・そして、そこから、本当の探究、自分や他者との対話が始まる

・高校生の探究とは、自分がぶつかる壁から顔を背けずしっかりとそれに向き合い、そこから次の一歩を選び直すこと

・高校での探究は、問いを持つことから、問いを引き受けることへと進んでいく

*本原稿はチャッピー君との対話を基に構成されました。

※この記事では、高校という場で経験する試練と再設計のプロセスを通して、高校生にとっての探究の意味を考えました。