探究は「何を」かつ「どう」

生きる力をはぐくむ

1998年の学習指導要領に「生きる力をはぐくむ」という言葉が登場しました。とはいえ、生きる力を育むことは、それまでも学校教育で重視されてきていたことです。「確かな学力」「豊かな心」「健やかな体」の三本柱がそれに当たります。1998年の学習指導要領が伝えたのは、社会の変化を見据え新しい学びへの進化を目指さなくては、生きる力を育むという目的を今後充分に果たせなくなる、従ってアップデートが必要ということでした。それが、2002年の小学校での「総合的な学習の時間」の導入、その20年後、高校での「総合的な探究の時間」の展開へと繋がっていきます。社会の変化に対応する新しい資質や能力を身に付けるのに「探究」のアプローチが優れていると考えられているためです。

魚の釣り方を教える

生きる力を育むと聞いて連想するのは、「魚を与えるのではなく釣り方を教えよ」という老子の言葉です。釣り方には、いつ(季節や時間)、どの場所に行き、どのような仕掛けを用意して、といったことが含まれるでしょうか。また、一度に捕獲し過ぎてしまうと魚がいなくなり継続的な漁ができなくなってしまう恐れがある、というようなこともあわせて伝えるでしょうか。

しかし、今は、それだけでは足りません。例えば、地球温暖化の影響で海水温が変化し、いずれ、教えた場所にはもうその魚が寄ってこなくなるという現象も起こりそうだからです。つまり、教わったことを絶対と思って信じ続けるな、うまく行かなくなったら原因を自分で考え対策を取れ、ということも併せて充分理解してもらっておく必要があります。それが、変化の激しい時代、予測が難しい時代への対応力の足掛かりになるからです。何かおかしいぞと感じた際、一つ前に戻って当たり前と捉えていたその前提に問題があるのではないかと懐疑的な目で確認し、原因を探り当てるというような姿勢です。それが習慣になっていると、「おかしいぞ」と気づくこと自体も早めにできるようになりそうです。

想定外を減らす

最近、何か重大事故が起こる度、「想定外だった」という言葉がまるで言い訳のようによく使われるようになって来たと感じます。安全性より利益を優先するために甘めの想定をするようになったのか、考えられ得る限りで充分な想定をしたのにも拘らず、それを遥かに超える現象が起こってしまったのか。いずれにせよ、「変化の激しい時代・予測が難しい時代に対応できるようにしなければならない」が掛け声で終わってしまっては意味がありません。少なくとも、過去の最大値をクリアしてさえいれば大丈夫だろうとするような考え方は捨て、より確実な根拠をもとに、充分厳しめに想定する癖・危険視する癖を身に付ける必要があります。

余談ですが、その意味では言葉の使い方も大切です。悪いことを想定すべき時に「可能性がある」という言い方では切迫感が足りません。「危険性がある」などと言い換えるべきでしょう。最近、「消滅可能性自治体」という呼び方が気になりました。

さて、想定内が増えれば想定外を減らすことができるはずですが、限られた時間や能力の中で想定内を大きく保つには何かを削る必要が出てくるでしょう。想定内の中でも確実に起こると思われることは予定内に組み入れることができます。とはいえ、その予定内のことに対する対策を丁寧に準備しようとし過ぎると、予定外のことに気を配る時間が減ってしまいます。変化の激しい時代・予測が難しい時代ですから、予定内と考えられたことにも何か変化・変更が起こるかもしれません。準備が無駄になってしまわないよう、「準備し過ぎ」に注意することも必要でしょうか。

テーマ設定に時間をかけ過ぎない

中学までの総合の時間に様々な経験を積みつつ自身の興味・関心にしっかり向き合えていれば様子は異なるのですが、高校に入学してから探究テーマを決めましょうと言われて焦る生徒に見られがちなのは、考え付くテーマが「大きい」ことです。「高尚」とも呼べるでしょうし、「曖昧」とも呼べます。まだまだ他人事(ひとごと)のテーマ選びになっており自分事(わがごと)になっていません。研究論文・学術論文を仕上げるような意気込みならば素晴らしいことですが、そうでもなさそうです。

研究と探究の違いは様々にあるでしょうが、一般に、研究論文は何か新たな発見があった際に書くものです。期限があってそのタイミングで書くというより、いつ書けるかどうかわからないが、結果が出るまで研究を続けるのが研究者の姿です。一年間や二年間という時間的な制約のある探究ですから、その観点からもテーマが「大き過ぎないか」を検討してもらいたいと思います。一方で、探究は自身の取り組みの試行錯誤のプロセスをしっかり最後に発表できれば、それで良いとされる部分があります。目標は、「自己の在り方生き方と一体的で不可分」である課題を発見し解決することです。将来、それに関連した職業に就きたいと思えるくらいに興味・関心を抱ける対象が探究過程で発見できたら、それこそ「生きる力をはぐくむ」に直結します。興味・関心は、やりながら高まっていくものです。あるいは、方向転換していくものです。興味・関心が向く方に、つど舵を切りながら進んでいけば良いのです。まずは、航海に出発することです。

そのためには、大きいテーマなら、それを分割してみましょう。最終的にその大きなテーマに向かうために、手近で実際に自分で実験などをしながら進めていけそうなステップに小分けします。「最初はこれ。それが済んだら、次はもう一つ大きなこれ」という具合です。少子高齢化や人口減少を見込んで地域交通の仕組みを何とかすべきだというところに興味・関心が向いているなら、地域交通に関連して、今、自分が直接関わっている中で何を問題と感じているかに目を向けます。例えば、朝、バスが時間通りに来ないので学校に遅刻しそうになることが現状の目の前の一番の不便だとします。それなら、それを解消するためにバス会社に改善案を持込むことから始めましょう。そして、バス会社と協力し合いながら、何か少しでも実際に改善に繋がる方法を見つけ実現していきましょう。通勤時間帯に時間通りにバスを走らせることができるようになってバス運転手の手配の最適化に結び付けば、他の時間帯の走行にも良い影響が出るかもしれません。地域交通の効率化に一歩と言わず、二歩近づくわけです。一方で、一つ解決することによって見えてくる次の要解決課題もきっとあるはずです。動きながら考える「探究」の醍醐味が味わえることでしょう。

考え過ぎでスタート前に時間を無駄に使ってしまわずに、まずスタートを切り、動きながら一つ一つステージをクリアしながら制限時間内にどこまで行けるか、ゲーム感覚で楽しめるのも探究の面白いところです。

10歳からわかる「まとめ」

・「生きる力をはぐくむ」のアップデートに、探究アプローチは有効

・「魚の釣り方を教える」際には、教えたことが有効に働かなくなりそうな時期が来たら、自分で考えることの大切さもあわせて伝えたい

・テーマ設定は大切だが、仮のテーマであってもスタートを切れば、進めながら見えてくることがあるはず。テーマの考え過ぎに時間を取られるのは避けていこう

第60回「『刺激』の有効活用」を読む