「学校探究」卒業の先

気になる彼らの卒業後

高校で「探究」が正式カリキュラムとなって丸二年が経とうとしています。進学・就職を間近に控える三年時に探究をしっかり実施する学校が少ないこともあり、私が関わる学校単位でのサポートはこれまで高校一・二年生が対象でした。昨年度に接した二年生が今春高校を卒業します。その中には就職する生徒も多数いることでしょう。

彼らの顔を思い浮かべると、探究心を今後も持ち続けてくれること、職場でもうまく探究を続けてくれることを願わずにはいられません。学校で探究が本当に根付くかどうかは、彼らの卒業後にかかっています。生徒が高校で探究をやって良かったと感じるのは、卒業後の人生のどこかで、それが役立った時に違いないからです。

企業人の多くは「探究」をまだよく知らないでしょう。「主体的・対話的で深い学び」の導入段階を経た新入社員に対し、仮に「会社では先輩社員や上司の言うことに素直に耳を傾けるように」式の指導だけを強烈になされては、せっかくの主体性も対話力も、発揮の場面がありません。

企業の意識が気になる理由

IMD(国際経営開発研究所:International Institute for Management Development)が作成する「世界競争力年鑑(World Competitiveness Yearbook)」によると、2023年の日本の競争力総合順位は35位です。実は過去最低の順位でした。この年は64カ国・地域が対象で、「真ん中より下」です。

【参照】 IMD 2023年版から見る日本の競争力 三菱総合研究所

競争力ランキングは、客観的統計データ164指標と経営者の意識アンケート92指標から算出されます。また、これとは別に、経営者には「自国の強みと認識する項目」を聞いています。そこで、「教育」に関連して、毎年気になっていることがあります。

分類項目別競争力ランキングによると、23年の「教育」は35位で国の競争力順位とちょうど同じでした。一方で、日本の経営者の多くは日本の強みとして「高い教育水準」を指摘しています。15の選択肢の中から該当すると思う5つを選ぶ形式で、例年、80%前後の日本の経営者が「高い教育水準」を選びます。23年は80%超えでした。

ランキングと経営者意識のズレ

競争力ランキングでは、教育は参加国全体の「真ん中より下」と低順位なのに、経営者は水準が「高い」と評価しています。このズレはなぜ起こるのでしょうか。世界で活躍するために求められる力と、経営者が求めている力の中身が違うのでしょうか。

学校現場は子ども達に、変化が激しく先の読みづらい世の中に対応できる力を身に付けてもらおうと、授ける力のアップデートを計っています。知識・技術はもとより、思考力・判断力・表現力、さらには学びに向かう力・人間性などです。それが途上のため、現状まだランキングには表れてきていません。一方、経営者はこれまで通りで構わないと考えているかのようです。もしそうなら、学校が子ども達に「世界で通用する」力を身に付けてもらおうといくら努力しても、社会に出て日本の企業に入社した途端に、それが否定されてしまうことにもなりかねません。経営者が言う「高い教育水準」とは何を指すのでしょうか。「上司の指示を正確に理解し、それを実行する力」なのでしょうか。私の時代、大学生活はモラトリアムと呼ばれたものです。大卒者に対する世間の評価は「大学を出ても使えない」でした。故に、各企業が新人を一から鍛え直しました。そのおかげで、競争力ランキング調査が始まった1989年から数年、日本は一位を取り続けました。しかし、その後、下降に転じてから上向きは定着せず、今日に至っています。この下げ止まらない国の競争力順位を目の当たりにしても、30年前の考え方を変えていないのだとしたら、おそらくこの先も、傾向はこのまま変わらないでしょう。

その会社でしか使えない人間

日本の労働市場で転職が活性化しない理由に、企業の人材育成の特異性を挙げる声があります。ある会社では優秀な人材も他社ではあまり役に立たないといった声です。自社の事業に最適・最大限の力を発揮する社員を育成したい企業が、実務や研修を通して育て上げたのが、図らずも「その会社でしか使えない人間」だったとしても、終身雇用が約束されていた時代には従業員側にもメリットはありました。しかし、トヨタですら五年前に、もう終身雇用を守り切れない旨の発言をしています。主には、年功序列が生んだ、実際の働きと高報酬が合わなくなってきたベテラン社員までも雇い続ける余裕は、今後はないということだと思います。

今後は「後払い制度」をなくし、都度正しい対価での契約をすることになるのでしょう。一方、社員は、保険として「どこででも役立つ人」になっておく必要があります。そのためには、自身が持っている力のアップデートや社会情勢との「同期」が必要です。

【参照】 「終身雇用守るの、難しい」トヨタ社長が限界発言

「新人」から学ぶ姿勢こそ

新人オリエンテーションは、企業側が一方的に新人に対して仕事のやり方や会社の文化を伝えるものです。しかし、新入社員が直前までの学校時代にどんなことを学んできたかを会社や先輩社員が知ることも、社会との同期という意味で有益ではないかと思います。リカレント教育は社会人の学び直しで、やることは学びのアップデートです。自分が学生時代に習ったことが、その後の研究により間違っていたことがわかったり、新技術の活用により、ある作業がこれまでと比べてもっと簡単にできるようになったり、ということがよくあります。そのようなことには、早く追いついておくことが大切です。また、自分が学生時代に受けてこなかった新たな学びの内容や学び方自体を学ぶことも、リカレント教育の目的といえるでしょう。

「探究」をやってこなかった世代は、是非、探究の実践に触れてもらいたいと思います。新入社員から、探究の進め方を教えてもらい、場合によっては仕事に関連した何か共通のテーマに対して、職場の新人とベテランが、チーム内共創とチーム間競争を取り入れながら取り組んでみるのも面白いでしょう。新人がより早く職場に馴染むための一助にもなるのではないでしょうか。

大人の探究への関わり方

学校で探究サポーターとして活躍する、先生を含めた大人にも一度、探究を実践してみることを強く勧めます。「生徒に教えてやろう」という気持ちで関わるのと、「自分も生徒と一緒に探究したい」という気持ちで接するのでは、全く様子が違ってくるからです。相談に関わる際に、生徒の立場・側に立って同じ方向から対象を見つめてみようとすると、生徒の疑問、立案のための考察における抜け漏れ、また、その理由や原因に近付くことができます。何よりまず、探究を素直に楽しめるようになります。

第29回 “Face to Face” より “Side by Side”

10歳からわかる「まとめ」

・高校を卒業し就職した後、探究で学んだことを活かせる場面があることを切に願う

・学校関係者が教育内容をアップデートしようと努力している一方で、日本の経営者が以前と変わらず「日本の教育水準は高い」と評価している点が引っ掛かる。求めているものが違うなら調整が必要

・リカレント教育の目的は、知識や技術のアップデート。最新版であってこそ最大限の効果が期待できる

・新入社員が最新版を持っているなら、ベテランはそれを学ぶべき。ともに楽しみながら身に付けていきたい

以下、余談です。

大人対象「たんきゅうびと」講座

今、何か探究したいテーマを持った大人を対象とした探究実践講座を開講します。個人の場合は、オンラインでガイダンスを提供しますので、それに沿って各自進めてもらえます。企業単位の場合は、集合研修形式でお受けいたします。新入社員とベテラン社員が一緒になって仕事上の探究テーマを突き詰めて行く中で、世代間交流を通してお互いの価値観を理解し、コミュニケーション力を高め、チームビルディングにも役立てていきます。新たな形の「新人受け入れ準備講座」にもなります。

第45回「急がれる探究型組織への改変」を読む