「社会のバグ」を見つける算数

※本稿では、「騙されない目を養う」ために算数を使うことについて、考えます。

数字に騙されないためのエビデンス・リテラシー

みなさん、こんにちは。光成章です。
前回は、定規や電卓がない不完全な状況のなかで、自分の「一歩(歩幅)」を基準(エビデンス)にして校庭を測るという、まさに「あるものでなんとかする」逞しい算数の世界をお話ししました。
子ども達は「数字は、測る人の身体(すなわち、何を基準にするか)によって変わるんだ」という、数理的モデリングの面白さに気づき始めています。しかし、一歩教室の外に出て「大人の社会」を見渡してみると、そこには少しスリリングな現実が待っています。実は、世の中には「あえて数字やデータを操作して、私達を都合の良い方向に誘導しようとする罠」がたくさん転がっているからです。

プロのリサーチに求められる「誠実さ」の絶対ルール

少しだけ私の本業(リサーチ)の話をさせてください。私は長年、クライアント企業のマーケティング戦略を支えるため各種リサーチを実施し、調査結果とその正しい解釈を伝えることを目的としたレポートを書くという仕事をしてきました。その中で私が最も大切にしてきたのは、「自分のレポートによって、クライアントに誤った判断 speculation をさせないこと」です。
例えば、ある製品の調査をして「認知率は昨年より5%上昇」という結果が出たとします。外向けの発表なら「大成功!」と大騒ぎするかもしれません。でも、私はすぐにそれをレポートに書くことはしません。必ず「有意差検定」という統計的検証を行います。なぜなら、その「5%の差」がたまたま今回の調査でそうなっただけの「誤差の範囲」かもしれないからです。もし誤差だとわかっているなら、クライアントを糠喜びさせて事業判断を狂わせるわけにはいきません。
また、結果に嘘はなくても、そもそも「一般的とは言えない特殊なグループの人」だけに聞いた声を、さもそれが「代表性のある、皆の声」として伝えることも厳禁です。その時は、そのグループのことを深く理解するために、あえて彼らに絞って話を聞いたわけです。途中でそれを忘れてしまってはいけないのです。
算数(データ)は、自分を大きく見せるための武器でも人を騙すための道具でもありません。「本当にそれは正しいと言えるのか?」と、自分にも相手にも徹底的に誠実であるために使われるもの、正しく表す「鏡」なのです。

教室で暴く「大人のズルい数字」

このプロの「エビデンス・リテラシー」を、子どもたちの教室に持っていきましょう。 先生になって、ニヤリと笑いながらこんな事例を投げかけてみるのです。
事例①: 「クラスの友達3人にアンケートを取ったら、2人が『宿題はなくていい』って言った。だから校長先生に『全校児童の66%が宿題に大反対しています!』ってレポートを持っていったら、どうかな?」
子ども達は「それはズルだよ。少なすぎる!」と叫ぶでしょう。データの数が少なすぎると、「たまたま」や「わざと」が、さも大真実のように化けてしまうのです。
事例②: 「じゃあ、今度は100人に聞いたよ!でも、聞いた相手が全員『ゲームクラブのメンバー』だったら? それで『児童の8割が、学校に最新ゲーム機を導入してほしいと言っています』と書いたら、これはどう?」
子ども達は「そりゃ、ゲーム好きに聞けばそうなるよ!ズルい!」と笑い出します。
これです。教科書の計算ドリルを解くだけでは身につかない、「その数字の分母(全員の数)はいくつか?」「どんな集団(サンプル)から取った数字か?」を疑う目が、社会を生き抜くリテラシーの第一歩になります。

告発して、書き直せ!「これはダメで賞」「こう直しま賞」

ここで、教室に新しい「遺題(問いのバトン)」を奉納します。
「世の中のニュース、広告、ネットの記事から、『これ、ちょっとズルい(怪しい)んじゃない?』と思う数字やグラフ、アンケートを見つけてきて、みんなに告発する問題を作ってください」
そして、先生は、みんなが提出した発見に対して「二段階の賞」を用意します。
1. 「これはダメで賞」(1ポイント): 「このグラフ、目盛りの幅が途中から急に狭くなっていて、少しの変化を大暴落に見せてる!怪しい!」と、数字の違和感(バグ)に気づけた子全員に贈る賞。これだけで「騙されない盾」を手に入れたことになります。
2. 「こう直しま賞」(さらに1ポイント): 「だから、目盛りを正しい等間隔に書き直したら、実はグラフはほぼ横ばいでした」あるいは、先ほどの例でいえば、「ゲームクラブ以外の人にも均等にアンケートを取り直すべきです」と、正しく誠実な姿に直せるアイデアを出せた子に贈る賞。
バグを見つけるだけでなく、どうすれば世界を「誠実」に書き直せるかまでをセットで面白がる。これこそが、これからのAI時代を生きる子ども達に必要で必須の、算数的眼であり、数学的思考だといえるのではないでしょうか。

AI時代だからこそ、人間に求められる「バグを見破る力」

これからの時代、適切なグラフ作りや、正しいデータ分析は、生成AIがすべて一瞬でこなしてくれます。しかし、その前提となる「データの集め方」にズルや偏りがあった場合、AIの出す答えは、間違ったもの(ハルシネーション: 嘘)になってしまいます。また、「悪い人」が、生成AIに「うまく誤魔化せ」と指示をしたら、それもこなしてしまえるのもAIなのです。
これからは、どちらを目にしたとしても、AIが作った「数字のレポート」の裏にある構造を疑い、「これはズルだよ」と見破れる力が人間には求められます。
計算間違いを指摘する一方で、それよりもっと、社会のバグを見つけ、世界を誠実に書き直そうとする子を褒める。そんな、未来を守る算数の時間も、一緒に作っていけたらと思います。

10歳からわかる「まとめ」

① ぜんぶの数(分母)をたしかめよう! たった3人に聞いただけで「みんなが言っている」というのはズル。数字を見たら「これ、ぜんぶで何人に聞いた数字かな?」と疑ってみよう。
② だれに聞いたか(サンプル)を疑おう! ゲーム好きの人だけに「ゲームは好きですか?」と聞けば、100%「好き」になるのはあたりまえ。その数字が「かたよったグループ」だけで作られていないか見破ろう。
③ 算数は、みんなで「せいじつ」になるための鏡(かがみ)! 算数は、だれかをだますためのものじゃない。自分も相手もまちがえないように、本当のことをさがし出すための「やさしい武器」なんだよ。

*本原稿は、ジェミ兄さんとの対話を基に構成されました。

※本稿では、「騙されない目を養う」ために算数を使うことについて、考えました。