中学生編: 思春期の「自分探し」

※中学生にもなると、「私は何者なのか」「将来、何者になろうとしているのか」と、自分とまわりとのつながり・関わりや、これからのことを模索し始めます。この記事では、その時期の子ども達にとっての探究活動の意義について考察しています。

自分はどこに向かっているのか

幼児期には、子ども達は、やってみる・試してみることで世界を感覚的にわかろう・つかもうとしました。児童期には、それらの体験・体感を言葉にして、考え始めます。では、中学生になると、何が起きるのでしょうか。この時期の多くの子ども達は、まわりの世界についてと同時に、自分自身についても、意識し始めます。

自分は、何者なのか。どこに向かっているのか。何を大切にしたいのか。こうした問いが、静かに、確実に芽生えてくるのが青年期前期です。

【参照】 第129回 探究は、包みを解くことから始まる

【参照】 第130回 芽が、言葉になっていくとき

茨城県立土浦第一高等学校附属中学校

今週、土一附属中で、3年生による「卒業研究発表会」が開催されました。この学校とは対3年生を中心に、2023年度から関わらせてもらっています。各学年担当の先生達の、生徒達との、年間を通した熱心な関わりから、2月の発表会は年々充実度を増しています。3年生の一年間だけでなく、1年生から2年生、2年生から3年生へと続く活動と学習の連続が、積み重ねの力を発揮していることは明らかです。

卒業研究発表会では、2クラス合計78名が各3-5名の計19グループに分かれ、3年生の一年間に取り組んできた活動の成果が発表されました。テーマを数例紹介します。「私達(中学生)の肌と日焼け止め」「バイオマスプラスチックの普及に向け(、より有効に利用できる分野につい)て」「色と時: 授業の体感時間を短くするための照明の色の工夫」の3つが代表として講堂で発表されたもので、残りの16については教室に会場を移して同時並行での発表形態を取りました。その分散会では、各教室を移動しながら、最大6つのグループの発表を最初から最後までゆっくり聞くことが出来ます。先の代表発表は、テーマの種類で選ばれたのではないかと感じました。例えば、三番目の、授業を快適に受けるための研究に近いものとして、分散会の方では「勉強に最も集中できる座席の位置はどこか」や、「教室の(座席の位置による)温度差を小さくするために」等の発表がありました。また、代表発表二番目のような、科学実験を伴う研究テーマには「音によってハエが寄ってくるのを防ぐ研究」や、「どの植物から抽出したサポニンが蚊に有用か」がありました。一番目のテーマと同類に分類できそうなものには、「学校生活でのストレスについて」や「(友達との適切な)距離感についての悩みを小さくする方法」等の発表がありました。

実はどれにも共通点がある

・日焼け止めを探究する生徒、

・友人との距離を考える生徒、

・授業環境の改善に向けて工夫や行動をしようとする生徒、

・社会環境に優しい素材を研究する生徒、

・害虫駆除に役立つ方法を研究する生徒、

彼らが同時に存在する中学校の一学年は、一見すると、バラバラな活動体のようにも見えます。しかし、よく見てみると、どれも「自分と外界(世界)との関係」を問う探究に取り組んでいるという点では共通です。

・日焼け止めは、「私はどう見られたいか」

・距離感は、「私はどう人とつながりたいか」

・普段の生活環境の改善は、「私はどうすれば快適に、集中できそうか」

・持続可能な未来への関心は、「私は(未来の)社会とどう関わりたいか」

というように、実はどれもが、「私は何者か?」につながる道をそれぞれ別ルートから登っているに過ぎません。取り組むテーマは違っても、根本の問いの中心に自分自身があることは、共通しているのです。

中学生は深くて広い

思春期の子ども達のことを「難しい存在」と捉えるのは間違いです。各個人が、それぞれの方法で、取り組みの対象を深めたり広めたりしながら、自ら発達しようという段階にあるのが中学生だというだけのことなのです。集団として「ひとすくい」で捉えることは出来ません。ただそれだけのことなのです。私は、この多様さこそが、中学生の魅力だと感じています。

そんな中学生を相手に、学校は、探究のテーマをクラスや学年で統一させようとしてはいけないのです。それはまるで「全員に同じ一つの人生を考えさせよう」と試みるようなものだからです。

発達心理学者のエリクソンは、この時期の特徴を「アイデンティティと役割混乱の葛藤」と呼びました。簡単に言えば、「自分らしさを見つけたい気持ち」と「わからなくて揺れる気持ち」がせめぎ合う時期です。この葛藤を十分に経験できた子どもは、少しずつ「自分なりの軸」を持つようになります。

正しい方向を向いた大人の協力体制

学校や先生が、そんな子どもへの協力体制を敷くとすれば、その正しい方向は、下記の態度を取ることで見出すことが出来るでしょう。すなわち、

・(子ども達を)否定しない

・笑わない

・比べない

・充分な時間をかけさせる

・その上で、もちろん、放任しない

中学生にとって重要なことは、単に「世界を知る」ことではありません。「様々な『世界』の中で、自分の立ち位置を探すことの大切さに気付く」ことです。そのためにこそ、彼らには探究活動の自由を保証する必要があるのです。

そして、できれば、このような協力体制は家庭でも築かれることが望ましいと思います。子ども達が学校で、友達と普通に意見交換するように、こと、探究のテーマに関するような会話の場合は、家庭でも「お父さんもそう思うなぁ」「お母さんは、ちょっと違う意見よ」のようなやり取りがあって欲しいのです。友達のような親子になれというのではありません。お互いに思考を深めたり広めたりする場面では、親も、そして先生も、上下を離れた位置から関わるのが正しいと感じます。

発表会で少し残念だったこと

多くの発表会に共通して見られる現象は、質疑応答の際に、「妙な緊張感」と「微妙な沈黙」が生じることです。「鋭い質問を入れなくてはいけない」との思いが強過ぎるのではないかと感じます。上述の望ましい関係の流れに沿えば、まずは、共感した点についての思いを話し、次に疑問を感じた点に触れ、そこを確認する意味で質問という形で言葉を発する、それを普通にこなせばいいだけだと思います。ただし、保護者も参加する公式の場で、子ども達が緊張しない訳はありません。おそらく保護者も同様の気持ちでいることでしょう。場慣れするには、子ども達は、普段の授業中に、感想や意見・助言などを普通に話せるようになることが大切です。そういう意味では、先生には、科目の授業で、積極的な生徒の参加を促す形式の取り入れをどんどん進めていってもらえたらと思います。

次回予告|高校生編へ

中学生の探究で大人ができるのは、「正解を示すこと」ではなく、「迷い続けることを許し、それを応援すること」ではないか。この問いは、高校、そしてその先へと続きます。

10歳からわかる「まとめ」

・自分は何者なのか、どこに向かっているのか、何を大切にしたいのか、といった問いが静かに、確実に芽生えてくるのが青年期前期

・土浦一中では取り組む探究のテーマはそれぞれ違うが、根本の問いの中心に自分自身があることは共通している

・中学生相手に、探究のテーマをクラスや学年で統一させようとするのは、まるで「全員に同じ一つの人生を考えさせよう」と試みるようなもの

・親も、先生も、探究では、子ども達と対等の立場で意見交換することを楽しんで欲しい

・発表会での質疑応答タイムを充実させるには、普段の科目の授業で生徒の積極的な参加を促すような形式の取り入れが大切

*本原稿はチャッピー君との対話を基に構成されました。

※この記事では、自分のアイデンティティについて模索し始める中学生期の子ども達にとっての、探究活動の意義について考察しました。